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最高裁判所第一小法廷 昭和31年(オ)592号 判決 1958年5月24日

上告人 高松国税局長

代理人 青木義人 外二名

上告人補助参加人 三島工業株式会社 外一名

被上告人 高石準一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告指定代理人青木義人、同堀内恒雄、同越智伝の上告理由第一点について。

所論は、原判決は国税徴収法三一条ノ二の解釈を誤り本件公売処分に対しては適法な再調査請求がなかつたのをあつたものとした違法がある旨を主張する。

この点について原判決の認定するところによれば、昭和二五年一二月二五日伊予三島税務署長がした本件公売処分に対し、被上告人は同二六年一月二三日上告人に異議申立書と題する書面を提出し、その後同年二月一日あらためて前記税務署長に再調査の請求をしたというのである。

論旨はまず、右の異議申立書と題する書面は再調査請求書ではない旨を主張するのであるが、右書面が公売財産の所有者から提出され、不服のある処分が具体的に表示され、不服の理由も記載されている以上、右書面は国税徴収法三一条ノ一に定める再調査の請求書にあたるものというべく、その標題が異議申立書であつて再調査請求書でないからといつて、また陳情的な用語があつたからといつて、これをもつて所論のように再調査請求書でないということはできない。

論旨はさらに、もし右の書面が再調査請求書であれば、処分をした税務署長に提出すべきであり、本件の場合のように上告人国税局長に提出された場合、上告人はこれを同署長に廻送すべき義務もないと主張するのである。しかし、国税局長は税務署長に対し一般監督権を有する上級行政機関であり、かつ、税法上の争訟においては上級審にあたるのであるが、国税局長も税務署長もともに国税徴収事務にあたる国の行政機関であり、国税局長も直接国民に対し課税に関する処分を行うこともあつて、一般国民にとつてその間の権限の分配が常に必ずしも明白とはいえない。ことに、本件公売処分のあつた昭和二五年三月法律六九号による国税徴収法の一部改正前には、再調査請求の規定はなく、改正後も国税局長が再調査決定機関であることもあるのである。本件の場合のように、不服の申立書が誤つて上告人に提出されることがあるのもやむを得ないものといわなければならない。もし書面の提出が再調査請求期間内であれば上告人としては適法な再調査請求があつたものとして取扱い、正当な決定機関である前記税務署長に廻送し、調査せしむべきである。この場合民訴三〇条のような移送に関する規定が、国税徴収法にないからといつて、直ちに不適法な申立として処理することは条理上からもゆるされないものといわなければならない。右のような措置は、所論のように時宜に適するかどうかの問題ではなく、国民に対する誠実信義の上からも行政機関の義務と解するのが相当である。それ故、本件においては、所論異議申立書が上告人に提出されたときに、適法な再調査の請求がなさたものと認むべきである。この趣旨と合致する原判示は結局正当であり、したがつて論旨は採ることをえない。

同第二点及び第三点について。

論旨は、第二点で原判決は国税徴収法三一条ノ三の解釈適用を誤つた違法がある旨を主張し、第三点で原判決は同法三一条ノ四の解釈適用を誤つた違法があると主張するのである。要するに、上告人のした本件審査決定は、前記税務署長がした再調査請求却下決定を是認したのであつて、審査決定理由中で本件公売処分は違法でない旨を説明しているけれども蛇足に過ぎず、このような却下を正当とする決定を経て原処分の違法を争うことはできない旨を主張するに帰する。

審査請求を不適法として却下する決定があり、その却下決定が正当である場合には、原処分の適否を訴訟で争うことができないのはいうまでもない。また却下決定が違法な場合でも、裁判所としては却下決定を取り消すに止め行政機関に本案について審理せしめることも考えられないではないが、本件の場合は、前述のように、被上告人のした再調査請求は適法のものと解すべきのみならず、上告人は原公売処分の適否について判断を示しているのであつて、このような場合には、少くとも訴訟の前提要件としては適法に審査決定を経たものと同様に考えるべきであつて、あらためて行政機関に原処分の適否について審理判断せしめる必要はなく、裁判所は審査決定を取り消すとともに、原処分の適否について審理し判断することができるものと解するを相当とする。かく解したからといつて所論のように法令の解釈を誤つた違法があるものということはできない。論旨は理由がない。

同第四点について。

論旨は、原判決が審査決定庁たる上告人をもつて、公売処分取消請求について被告適格がある旨を判示したのは、行政事件訴訟特例法三条の解釈適用を誤つた違法がある旨を主張するのである。

本件公売処分は前記税務署長の処分として行われているけれども、公売処分は租税債権者たる国の処分であつて税務署長はその機関として行つたものであることはいうまでもない。そして国税局長も税務署長もともに国の行政機関であつて前者は後者に対し指揮監督権を有するものであり、本件の場合上告人は審査機関として本件公売処分の適否についても判断を加え、これを維持すべきものとしたのであるから、かかる場合においては、上告人もまた本件公売処分に関与しているものともいうべく、上告人が本件公売処分について所論のように被告適格がないとはいえない。

論旨は理由がない。

同第五点について。

論旨は、原判決が滞納処分による不動産差押の効力は差押調書謄本の交付によつて生ずる旨を判示したのを非難し、差押の効力は登記によつて生ずる旨を主張するのである。しかし、滞納者たる不動産所有者に対する関係においては、収税官吏が差押調書の謄本を滞納者に交付することによつて差押の効力を発生するものと解するを相当とする。本件の場合、原判決の認定するところによれば、公売物件中建物九棟については差押調書謄本の被上告人に対する交付がなかつたというのであるから、たとい所論のように差押の登記があつたからといつて、被上告人に対し差押の効力があつたものとは解することできない。

論旨はまた、原判決が右建物九棟について、差押登記のあつたのは昭和二五年一二月二四日であつて、差押調書謄本交付の事実がなかつた旨を認定したのに対し、原判決の右認定は経験則に反する旨を主張するのである。しかし、原判決挙示の証拠と原判決の説明によれば、原判決の認定は首肯できるのであつて所論のように右認定が経験則に反するとはいえない。ことに差押調書謄本の交付については、右事実を認めるに足る証拠がないというのであるから、原判決が交付の事実を認定しなかつたのは当然である。論旨はまた、上告人は原審で、右調書謄本の送達がなくても、差押の事実を被上告人に通知してあれば差押の効力は生ずる旨を主張したにかかわらず、原判決はこの点に関する判断を遺脱しているというのである。しかし、上告人は何時いかなる方法によつて被上告人に通知したかを具体的に主張していないのであつて、かかる主張について原判決が判断を加えなかつたからといつて違法とはいえない。論旨は理由がない。

同第六点について。

論旨は、原判決は国税徴収法施行規則一九条の解釈適用を誤つた違法がある旨を主張し、原判決が本件公売公告は物件の明細を欠く旨を判示したのを非難するのである。

公売公告にどの程度の記載をすべきか、もとより程度の問題であるけれども、原判決の認定するところによれば本件宅地及建物の一筆毎の表示及機械器具の明細についての表示を欠いているというのであつて、公告によつて広く入札希望者を集めるという趣旨からすれば本件公売公告が右施行規則一九条の趣旨にそわないものといい得るのであつて、原判決に所論のような違法はない。

(なお論旨は、原審は新聞公告を公売公告と誤解している旨述べており、この点原判示に明瞭を欠く点もあるけれども、乙一六号証の記載によつて判断をしていることは判文上明かであつて、原判決に所論のような誤解はないものと認められる)。論旨は理由がない。

同第七点について。

論旨は、原判決が差押の効力発生前に公売公告をした場合には、国税徴収法施行規則二二条の一〇日間の期間は差押が効力を生じた日から算定すべきものとしたのを非難するのである。

もとより、右規則二二条が公告と公売との間について一〇日の期間を規定していることは条文上明かである。しかし、国税徴収法及び同法施行規則は、右公売手続は財産を有効に差押えた後に行われることを前提としているのであつて、差押の効力発生前に公売公告すること自身違法といわなければならない。かりに、差押の効力発生前にした公売公告の違法性は後に差押の効力の発生によつて治癒せられるものと解しても、公売公告が適法となるのは差押の効力発生のときと解するよりほかなく、従つて右一〇日間の期間は本件のような場合においては、差押の効力発生の日から算定するのが相当であつて、この点に関する原判示は正当である。論旨は理由がない。

以上説明のように本件上告は理由がないからこれを棄却することとし、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 真野毅 斎藤悠輔 入江俊郎 下飯坂潤夫)

上告人指定代理人青木義人、同堀内恒雄、同越智伝の上告理由

第一点原判決には国税徴収法第三一条の二の解釈適用を誤つた違法がある。

先づ、原判決は高松国税局長あての異議申立書と題する書面(乙第一号証)をもつて適法なる再調査請求書に当るものと判断されているけれども、右異議申立書と題する書面の内容は、乙第一号証の示すとおり、三島税務署長が公約を果さないこと、伊予銀行、三島建材、税務署の三者共謀による公売の疑あるので、国税局において調査の上なんらかの取計をされることを懇願すること及び落札物件の買戻しの斡旋をも依頼するとの趣旨であつて、これは伊予三島税務署長の監督庁たる上告人高松国税局長に対し、その監督権の発動を促した単なる陳情書としか考えられず、さればこそ、被上告人は、原判示のとおり、後に右異議申立書を返戻されて更めて再調査請求書と題する書面を提出し直したのであるから、これをもつて再調査請求書と解した原判決の判断には誤りがあるといわなければならない。

次に、原判決は、右異議申立書が高松国税局から上告人に返戻され、上告人は更めて伊予三島税務署長に対し再調査請求書を提出した事実を認定しながら、この事実を無視して先の異議申立書による再調査請求の効力を認めた点においても、重大な誤りを犯しているものというべきである。もとより、適法な再調査の請求がなされてその効力が生じている以上、行政庁としては擅にその請求書を返戻することは許されず、たとい返戻したとしても、それによつて再調査の請求そのものの効力に影響を及ぼし得ないことは当然のことであるが、もしも、再調査の請求なるものが不適法であつて、その効力を発生するに由ない場合には、その返戻をもつて違法視すべきではなく、請求者においてその返戻を受け異議なくこれを受領したときは、これをもつて該書面を撤回したものと見るべきことはこれまた自然の理といわなければならない。本件においては、前述のように、異議申立書と題する書面は再調査請求書として提出先を誤つた違法のものであつたのでこれを受取つた高松国税局より被上告人に返戻され、被上告人は、これを受領して更めて再調査請求書を正当な提出先たる伊予三島税務署長に提出し直したのであるから、被上告人においては、右異議申立書を異議なく撤回したものと認むべきは当然であつて、原判決の如くこの事実を全く看過して右異議申立書による再調査請求の効力を肯定することの不当なことは明白というべきである。勿論、再調査請求書の提出先を誤つた場合に、これを受領した行政庁より適法な提出先に廻送することは可能であつて、これが時宜に適する措置であることは否定し得ないし、また徴税官庁における実際の運用においても可及的に廻送すべき旨の内部通達(昭和二六年一月一日直所一-一国税庁長官通達)がなされているが、しかし、この廻送はあくまで関係者の便宜を慮つての機宜の取扱に過ぎず、なんら法律上義務づけられている事柄ではないのである。従つて、もし再調査請求書が所轄税務署に廻送されないで本人に返戻されたからとて、この返戻を目して違法視し、その返戻された事実を抹殺無視すべきではないことは明らかである。

さらに、原判決には再調査請求書の提出がない事実を認定しながら、なんらの根拠もなく再調査の請求があつたものと判断した違法がある、すなわち、原判決は誤つて異議申立書と題する再調査請求書が高松国税局に提出された場合でも、

「高松国税局と伊予三島税務署とは地域も接近し、高松国税局長は三島税務署長の直近上級監督官庁なることは公知の事実であるところより、仮りに該申立書を廻送したとすれば、おそくとも翌二四日中に三島税務署に到達して、法定期間に欠くるところはなかつたものである。かような場合には本件公売処分に対する再調査の請求は期間内に適法になされたものと看做すを相当とする」

と判示された。ところが、元来再調査の請求は、当該処分をした税務署長に対してなさるべきであつて(国税徴収法第三一条の二、同施行規則第三一条の二)もしその請求書の提出先を誤つた場合には、たとい上級監督庁や他の税務署長に対して提出したものであつても未だ該書面が所轄税務署長に提出されない以上、他庁への提出をもつて適法な再調査の請求があつたものと解し得ないことは異論のないところであろう。そして正当な提出先に提出があつたものと見るためには、現実に該書面が同庁に到達、すなわちこれを了知し得べき状態におかれなければならないのであつて、現実に到達していない事実が明らかであるにもかかわらず、その到達を擬制することは許されない。原判決は、高松国税局から廻送せば到達したであろうとの仮定の下に到達を擬制し現実の到達を要しないものとされるが、かような擬制が許されるためには法律上の根拠を要するは当然なのに、かかる規定は国税徴収法その他の法令にこれを見ることはできない。もし原判決が上級監督庁と下級庁との関係を考慮し廻送されることを法律上期待すべきだから、かかる擬制が許されると判断されたとしても、この廻送の取扱は前述のとおり適宜の措置にとどまり、何等法律上義務づけられているものではないのだから、これをもつて擬制の根拠とすることは不当である。たかだかこの廻送の取扱は、所轄税務署長に果して到達したかどうかの事実の認定の際において事実上の推定としての働きをもつ意味以上のものではあり得ない。要するに、該書面を廻送したとしても、現実に廻送されて初めて再調査の請求がなされたものと解すべきであつて、原判決の如く現実に廻送はなく、本人に返戻されている事実を認定しながら、廻送を仮定して請求書の提出を擬制することは、法律上の根拠を欠き、また、国税徴収法が再調査請求書の提出及び提出先の限定を規定した趣旨を没却するものといわざるを得ないのである。

なおまた、本件においては、異議申立書と題する書面が上告人より伊予三島税務署長に廻送されることは期待し得ない状況にあつた。この書面は、仮に再調査請求書としての効力を認め得るとしても、冒頭に述べたとおり、その文面は上級監督庁たる上告人への陳情としか解され得ないような内容のものだつたのであるから、受領庁としてこれを再調査請求書と認めて処分庁たる税務署長に廻送することは通常期待し得ないところというべきであつて、現に上告人の係官も数日後被上告人にこれを返戻しており、それは自然の成行といわねばならない。従つて、仮に原判決の如き解釈をとるとしても、廻送されることが通常期待され得ない場合においてさえなお廻送されたものとみなさるべきものではなかろうから、この点においても、右の状況を看過した原判決は上告人の納得し難いところである。

さらに次に、再調査請求の期間遵守の点についても原判決の判断には首肯し得ない点がある。原判決は、昭和二十五年十二月二十五日の公売処分に対する再調査の請求につき翌二十六年一月二十三日上告人に提出された異議申立書を処分庁たる伊予三島税務署長に廻送せば、おそくも翌二十四日中に到達したはずだから、公売処分を知つた日から一ヶ月内たる法定期間に欠くるところはないとされる。しかし、上告人に提出された異議申立書と題する書面は、前述のとおり上告人宛の陳情書に類する内容のもの-しかも、これは郵送されて来たもの-であるから、国税局においてこれを一見して再調査請求書が誤つて提出されたものと判断して即日所轄税務署長に廻送するが如きは、とうてい期待し難いことであつて、たとい廻送の措置がとられたとしても、そのためには少くとも数日以上の日時を要することは一般の実情であり、また事務処理上の常識というべきである。そしてこれが発送まで数日以上を要するとすると、再調査請求がなされたとみなされる日は、法定期間経過後とならざるを得ないのであるから、原判決はこの点、経験則に反する判断の下にたやすく期間の遵守を判定したものといわねばならない。しかして、国税徴収法上の訴願手続においては、訴願法第八条第三項の宥恕すべき事由がある場合に関する規定の適用を排除して(国税徴収法第三一条の三の二)これに代えるに同法第三一条の二第二項及び同施行規則第一条の三の規定を設けており、そして本件においては、これらの規定に基く手続はなんら執られていないのである。

これを要するに、原判決は、適法な再調査の請求がないにもかかわらず、これと異る判断の下に、再調査決定及び審査決定を違法と判定したものであるから、当然破棄さるべきである。

第二点原判決には国税徴収法第三一条の三の解釈適用を誤つた違法がある。

再調査の決定が、却下決定であつた場合の審査請求における本審査(再調査の決定に対する審査請求自体に対する審査)と副審査(本審査請求に併せて審査される再審査請求の目的となつた処分すなわち原処分に対する審査)の関係を表示すれば次のとおりである。

本審査決定の際判明した事項

本審査の決定

副審査の決定

摘要

(一)審査請求の期間経過、或は請求の方式、手続等形式的要件に補正することのできない欠陥がある。

却下

なし

法第三一条の三第五項後段の規定の適用がなく、副審査の決定は不要である。

審査請求の全体について実体的審理をしない場合であるから法第三一条ノ三第一項後段において副審査の請求がなされたものとみなしても実質的な意味がない。

(二)再調査請求を却下した決定理由の適否(形式的要件)について、実質的に審理した結果再調査決定が正当である。

棄却

みなし棄却

法第三一条の三第六項の規定により棄却されたものとみなされるから、副審査の決定を特に必要としない。

(三)再調査請求を却下した決定理由(形式的要件)について実質的に審理した結果、再調査請求は適法になされたものであり、却下決定が誤りである

全部取消

棄却

全部取消

一部取消

法第三一条の三第五項後段により、原処分の適否を実体的に審理し、それぞれの判定の結果を副審査の決定として、決定しなければならない。

ところで、上告人高松国税局長が、伊予三島税務署長の再調査請求却下決定に対する被上告人の審査請求に対しなした昭和二六年六月二日付決定書(甲第一号証)による決定は左のとおりである。

「決定請求人の請求は理由なきものと認め之を棄却する。

理由(1)  三島税務署長のなした再調査請求書却下処分は適法である。

(2)  本件差押財産の一括公売をなしたことは違法でない。

(3)  本件公売の見積価格は税務署長の裁量権を逸脱したものとは認められない」

しからば、右決定は、前表中(一)に該当しないことは明らであるが、(二)と(三)とのうち、そのいづれに該当するものであろうか。

原判決は、これについて、

「該審査決定はその理由の中(1) において、さきに控訴人のした再調査請求が期間経過後になされたものであつて之に対し三島税務署長のなした却下決定は適法であるとして、これを是認すると同時に、(2) において本件差押財産を一括公売したことは違法でない旨及(3) において、本件見積価格は税務署長の裁量権を逸脱したものとは認められない旨の判断を下して、結局、控訴人の審査請求を棄却したことを認めることができる。」

と認定しながら、更に、

「中略、これらの事情を考合すれば、審査庁たる被控訴人においても、結局本件再調査請求を正当なものと判断し、従つてこれを却下した税務署長の決定を不当として(勿論訴願法第八条第三項を適用した意味ではない。)実質的には審査請求を受理して実体審理にはいり、その結果本件公売処分は適法であるから、これに対する審査請求は理由なしとして、棄却したものと認めるを相当とする。

もつとも形式上はその理由中において税務署長のした却下決定は適法であるとの判断を示しているけれども、既に実体審査にはいつている以上この点の瑕疵は敢て不当というにはあたらない。結局被控訴人のなした審査決定中前示(2) 、(3) 点についてした判断は蛇足ではなく、適法に本件審査請求を、受理したものと解するを相当とする。」と結論されているから、

前表中(三)に該当するものと判断したことがうかがわれるが、この判断は誤りであつて、前記上告人高松国税局長の決定は、前表(二)に該当し、決して(三)の決定と解さるべきものではない。その理由を述べれば次のとおりである。

すなわち、再調査請求却下決定に対する審査の請求がなされた場合(この場合においても、当該再調査請求の目的となつた原処分に対する審査の請求が、併わせなされたものとみなされている。)において本審査の請求に対して請求棄却の決定をしたときは、法律上当然に副審査の請求が棄却されたものとみなされる(国税徴収法第三一条の三第六項)。そのわけは、この場合、原処分に対する再調査の請求が不適法なものとしてこれを却下する決定をした税務署長の判断が正当であつたと是認されるのであるから、さらに進んで、原処分に対する再調査請求の当否を審理をする必要も、またその余地もないからである。換言すれば、この場合に国税局長は本審査の請求を棄却するほかに、副審査の請求につき決定する余地は法律上全く存しないのであるから、仮りに副審査の請求に対し何等かの判断を示したとしてもそれは法律上全く無意味なものであるといわなければならない。

そして本件審査決定においては、前記のとおり理由(1) として、「三島税務署長のなした再調査請求書却下処分は適法である。」と判断して審査請求を棄却しているのであるから、さらにこれに附加してその理由中に前記(2) 及び(3) をも掲げていても、この(2) 及び(3) の判断は、副審査の決定をしてこれを基礎ずけるための理由として記載したものとみるべきでないのみならず、仮りにそうとしても、右に述べた理由によつてそれは法律上全く無意味なことを記載したに過ぎないものというべきであつて、これが上告人において、第一審以来右(2) 及び(3) の理由が蛇足であると主張した所以である。ところが、もし前表(三)の決定によつて副審査につき実体的な判断をするとすれば、前表にも示したとおり、本審査の決定として税務署長のなした決定を全部取り消した上、さらに副審査の決定として、再調査の請求を棄却するか、原処分を全部又は一部取り消すかの決定をするのである。これを訴訟における控訴審の判決に対比すれば前表(二)の決定は「本件控訴を棄却する」というのに該当するのに対し、前表(三)の決定は、「原判決を取り消す。控訴人の請求を棄却する」という主文に当るわけである。然るに、本件決定においては前記のとおり、主文として「請求人の請求は理由なきものと認め之を棄却する」とあるのみで税務署長のなした再調査決定を取り消していないばかりでなく、その理由として(1) において原決定を適法なものとして是認しこれを維持することを明らかにしているのである。従つて、これらの点から見れば本件審査決定が前表(二)の決定に該当し、同(三)の決定でないことは明白といわなければならない。

なお、前記蛇足である附加的判断は、本件審査決定の本質を右の如く理解するのに毫も妨げとなるものではなく、このことは、あたかも控訴審の判決において、第一審が原告の訴を却下したことを相当であるとして控訴を棄却する際にその理由においてたまたま附加して「なお、控訴人の請求は失当であることを附言する」旨を判示したとて、それは無意味の記載で、その判決の本質に影響を与えるものでないことと同様である、要するにこれらの記載は当事者に対し懇切を期したい親切心に由来するものであつて、これに何らかの法律的意味を無理に結びつけるべきでないことは明らかであると考える。

然るに原判決は本件審査決定を目してその「(2) (3) は蛇足ではなく適法に本件審査請求を受理したものと解するを相当とする」と判示されたのは、本決定の趣旨を明らかに誤解し、また本審査決定と副審査の決定との関係についての国税徴収法第三一条の三の解釈適用を誤つたものといわなければならない。このことは、原判決において一方「該審査決定はその理由の中(1) において、さきに控訴人のした再調査請求が期間経過後になされたものであつて之に対し三島税務署長のなした却下決定は適法であるとして、これを是認」する旨の判断を下したことを認定しながら、後に、「審査庁たる被控訴人においても、結局本件再調査請求を正当なものと判断し、従つてこれを却下した税務署長の決定を不当とした」と認定し、両者相容れない矛盾した判断であるにもかかわらず、その間なんら首肯するに足りる理由が示されていないことからも明らかであると思う。

第三点原判決には国税徴収法第三一条の四の適用を誤つた違法がある。

すでに第二点において述べたように、本件審査決定は、再調査の請求を不適法として却下した税務署長の再調査の決定を是認して審査の請求を棄却したものであるから、いわゆる訴願前置の建前からいつて本件訴中原処分の取消を求める部分は、再調査請求及び審査の請求についての決定を経ないで提起された不適法な訴として却下されなければならないものである。

ところで、原判決は、国税徴収法第三一条の四の解釈につき次のように判示し、この限りにおいてはまことに正当である。「再調査の決定において、その請求が不適法なため実体的審理にはいらずして却下された案件について、審査の段階においても、その却下決定が適法なりと判断され、審査請求を全部棄却する場合には併せて審査請求されたものと看做された再調査の目的となつた処分に対する実体的審査をなす必要はないもので、唯これに対する審査請求も法律上棄却せられたものと看做されるに止り、それがために実体審査を受けたことにはならない。換言すれば、そのことを理由として適法な再調査並に審査手続を経たものとしての出訴の前提要件を備えたことにはならないものと解するを相当とする。何となればかように解しないならば、如何なる行政処分についても再調査の請求さえしておけば、それがたとえ期間経過後のもの、その他不適法な再調査の請求であつてもこれに対する決定を経た上、更にこれに対し審査請求をなし、よつてもつて右再調査の目的となつた処分についての審査並裁判を受ける結果となり所謂訴願前置制度の趣旨に反する結果となるからである」

然るにもかかわらず、原判決は前述の第一点及び第二点について誤りを犯し、審査庁において原処分たる公売処分に対する実体的審理を受けたものと判断したため、訴願前置の要件を満していると結論するに至つた。

すなわち、本訴のうち審査決定の取消を求める部分については、本件審査決定は、すでに述べたように、伊予三島税務署長のなした再調査請求却下決定に対する審査の請求(本審査の請求)について、国税徴収法第三一条の三第五項第二号により請求を棄却する決定をなし、従つて公売処分に対する審査の請求(副審査の請求)については、同法同条第六項の規定によつて、法律上当然に棄却されたものとみなされたのであるから、これに不服があれば、被上告人は、原判決も説示しているとおり「かような場合に原則として形式的な事項(再調査又は審査請求の期間が遵守されているか否か、その手続、方式は欠缺ありや等)についての再調査又は審査の決定が正当であるか否かについてのみ出訴の目的となし得るものである。」から、原審は、すべからくその限りにおいてのみ裁判をなすべきものであつたにかかわらず、その限度を超えて実体的な裁判をしたのは、訴願前置を規定する国税徴収法第三一条の四の規定に違背する違法を犯したものといわなければならない。

第四点原判決は、審査裁決庁たる上告人をもつて、本件公売処分の処分庁であるとして、右公売処分取消の請求につき被告適格ありと判示したが、行政事件訴訟特例法第三条の解釈適用を誤つた違法がある。

同条によると行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴(所謂抗告訴訟)は、他の法律に特別の定のある場合を除いて、処分をした行政庁を被告とすべきであつて、この場合における処分をした行政庁とは、取消又は変更を求める訴の対象である行政処分をした行政庁を指すものであることは同条の文理解釈上明白であるのみならず、行政庁に被告適格を認めた法の趣旨からも明らかなことである。従つて、原処分の効力を争うときには、原処分庁、裁決の取消を求めるときは裁決庁、両方の取消を求めるなら原処分庁及び裁決庁双方を被告とすべきことは、理の当然というべきであろう。

然るに、原判決は、訴願裁決庁が原処分の内容について実体的に関与している限り、裁決庁において原処分の全部を是認した場合においても、訴願裁決庁を広義の処分庁と解して差支えないとの見解を採用されて、原処分の取消変更を求める請求につき訴願裁決庁たる上告人の被告適格を是認された。しかしこの見解は上告人の首肯し得ないところであるし、また現在この問題につき下級審裁判例は区々に分れて帰一するところがないのでこの際特に最高裁判所の御判断を得たいと考える。

次に、原判決は、原処分の当否についての実体的判断をしたと認定された上告人の審査請求棄却決定を取消すとともに他方一また同一の理由に基いて伊予三島税務署長の公売処分を取り消されている。しかしかように同一の理由により訴願裁決の取消と、原処分の取消とを共に請求している場合、もし一方の請求が認容されれば、他方については行政事件訴訟特例法第一二条により関係行政庁を拘束するのであるから、この請求についても同様に認容されたと同じ結果を生ずるわけである。従つて同一理由により両者の取消変更を求める請求はいずれかがこれを請求する訴の利益を欠くものとして却下を免れないといわねばならない。然るにこれと異る見解の下に両請求をそのまま認容した原判決は訴の利益の有無につき看過されたか、或はこれと異る見解を採られたかそのいずれかの違法があるのであつて、上告人の納得し能わざるところである。

第五点原判決には、国税徴収法第二三条の三の解釈適用を誤つた違法がある。

(一) 原判決、滞納処分による不動産の差押の効力発生に関し、「競売法における競売開始決定による差押の効力発生時期については、差押の効力は競売開始決定が所有者に送達された時に之を生ずると共に又競売申立の登記をなしたる時にも之を生ずべく、而も重複して之を生ずということの無意味なるは論なきが故に、両者の中早きものに依りて之を生ずと解せざるを得ないこと殆ど多言を要せずとされている。(昭和二、四、二大審院民事三部決定)」としながら、滞納処分の不動産差押については、「収税官史のなす差押処分も一の行政処分であるから、行政庁の内部における単なる意思決定があつたのみでは未だ行政処分があつたとは云い難く、何等かの方法で行政客体に対し之を表示しなければならない。従つて右調書謄本の交付によつて差押の効力が生ずるものと解するを相当とする。然るに滞納処分においては先に滞納税金につき課税処分並督促手続を経ているとはいえ、果して現実に幾許の滞納税額につき如何なる財産について(この点は強制執行の場合と同様なるも競売法による場合は抵当物件に特定されている)差押をされたかは前記方法によるほか法律上滞納者は之を知るに由ないのであるから徴税の公正を期すべき要請からしても、滞納者にその事実を了知せしめることは滞納処分における必要要件であると解すべく、元来第三者に対する対抗要件たる登記のみによつて差押の効力発生要件を充足するものとは解し難い。」と判示し登記による差押の効力の発生を否定されている。

しかし、滞納処分による差押についての右の判示には上告人として納得し得ざるところである。すなわち、競売法による競売において債務者に対する競売開始決定の送達又は競売申立の登記のいずれか早きものをもつて差押の効力が発生するとする前記大審院の決定を妥当とするかぎり、その法理は当然滞納処分による差押にも適用されて然るべきであると考える。けだし、滞納処分による差押と他の手続による差押とは、原判決も論及されているとおり、その基本的構造において差異はないのであるから、そこには同様の法理が認めらるべきであつて、その間異別に取扱うべき実質的理由のないにもかかわらずひとり滞納処分の差押についてのみ、登記による効力の発生を否定するのは正当でないからである。原判決は、前掲法令の解釈を誤つたものと思考するが、異論もあるところなので、御庁の御判断を仰ぎたいと考える。

(二) 原判決は「成立に争のない甲第四号証の一乃至四、第七号証の一、二乙第三二号証に弁論の全趣旨を綜合すれば、右建物九棟全部についての登記簿謄本が甲第七号証の一と同号証の二又は乙第三二号証の二通り存在すること、而して前者は昭和二十六年九月六日当時のものに係り、後者は同二十七年八月十六日乃至同二十八年九月六日当時のものであること、甲第七号証の一の記載によれば、同登記簿謄本甲区欄壱番には、昭和十七年三月十六日受付第四四二号控訴人名義に保存登記の記載、弐番に、昭和弐拾五年拾弐月弐拾壱日受付第参七弐五号同月拾五日附差押により大蔵省のため国税滞納処分に関する差押を登記する旨の記載の中、右受付日附及同番号を昭和弐拾四年拾月弐拾四日受付第壱五八〇号と訂正した記載あること而して、右訂正部分の記載の外の甲区欄壱番及弐番の記載は甲第七号証の一と同第七号証の弐又は乙第三二号証とは同一であることを認めるに足る。是によつてみれば、他に反証のない限り、本件建物九棟に関する登記簿原本の記載は少くとも昭和二十六年九月六日迄は甲第七号証の一記載の通りになつていたが、その後同二十七年八月十六日迄の間において甲第七号証の二(又は乙第三二号証)の通りの記載あるものに取替えられたことを認めざるを得ない。してみると右建物九棟の差押登記は、登記官吏において、右宅地四筆の差押登記の際、即ち昭和二十五年十二月二十一日当時右建物登記嘱託書もその手裡にあつたため両者、同一日時、同一要領による差押の登記嘱託であると誤信したか、或は、その他の事情により一旦訂正前の如き記載をなしたがその後において、前記の通り訂正し、更にこれを取替えたことを認定せざるを得ない」旨判示して、この事実をもつて差押調書謄本の送達の事実認定についての重要な証憑とされているが、右は、弁論の全趣旨を誤解し、かつ経験則に違反して事実を認定し、ひいては国税徴収法第二三条の三の適用を誤つたものといわなければならない。その詳細は、次のとおりである。

(イ) 原判決は、前掲のとおり「右建物九棟全部についての登記簿謄本が甲第七号証の一と同号証の二又は乙第三二号証の通り存在する」と判示しているが、右甲第七号証の一の謄本と甲第七号証の二又は乙第三二号証の謄本とは同一内容の記載であり決して二様のものではない。

ただ形式上原判決認定の如き甲区欄一番において「昭和年 月 日売買に依り」を抹消し、同二番において受付日附同番号を訂正した形跡の存することは(甲第七号証の一)争いないけれども、これは、前記三島出張所登記官吏において本件建物登記簿謄本並びに甲第四号の一乃至四の土地登記簿謄本を同時作成交付(いづれも昭和二十六年九月六日附)するに際し、甲第七号証甲区欄二番を甲七号証の二或は乙第三二号証の如く記載すべきを誤つて、土地登記簿の甲区欄四番の記載(昭和弐拾五年拾弐月弐拾壱日受付第参七弐五号同年同月拾五日附差押に依り大蔵省の為め国税滞納処分に関する差押を登記す。)を転写したものである。

登記所においては典型的登記事項を押捺するための銅版を具へている外、同一事項を登記簿或は謄本の数ヶ所に記入すべき際には、小型謄写器を使用している、本件の右転写に際してもがり版印刷をしているほか甲第七号証の一の一番記入に際しても保存登記用の銅版を使用すべきなのに移転登記用の銅版を使用している。その形跡は甲第七号の一と被上告人提出の甲第四号証の二を対照すれば明瞭である。

そこで登記官吏としては、謄本の体裁上よりして不手際であるからもう一度作成をしなおすのが或は相当であつたかと思料するのではあるが、表題部の記載をやりなおすのが煩さであつたためか、右の誤写を謄写の際の誤記訂正として、処理したものである(その形跡として甲第七号証の一には欄外に二個の訂正印あつて明瞭である)。

右の次第で登記官吏が謄本の作成に当つて誤記を訂正したものに過ぎず、決して二様の謄本が存在するわけではないのである。

(ロ) 仮りに、二様の謄本があつたとしても、謄本のみの比較によつては、原本が改ざんされたことを推認できるものではない。謄本の字句の訂正は前述のとおり登記官吏が謄本作成の途中において、謄写の誤りに気付いて訂正することも容易に考えられ得るのだから、この場合には登記簿自体の記載とは全く関係のないことである。また原判決のような推認が可能であるためには、登記簿謄本が登記簿の一字一句を、登記簿上訂正ある部分は訂正前の記載及び訂正後の記載を併せて、恰も写真に写した如く謄写すべきことが要求されており、またそのように通常実行されていることが前提として認められなければならないのに、登記関係法規はそこまでは要求していないのである。

(ハ) 原判決は登記官吏が登記簿を何ら不審の跡を残さずに改ざんすることは殆ど不可能であることを看過している。すなわち、バインダー方式の実施されていない本件においては、登記簿は、法務局長または地方法務局長が枚数を表紙の裏面に記載し職氏名を署し職印を押捺し毎葉の綴目にも職印で契印することを要するのであつて(改正前の不動産登記法第一八条)、登記原簿の一部を容易に取替えたりすることのできるものでないことは明らかであるのみならず、登記官吏において、いかに巧妙に登記簿の取替を実施しようとしても長年月にわたり筆跡認印等を異にして記入せられている記載事項を何等不審のあとをのこさず転記することは絶対に不可能なのである。

(ニ) 弁論の全趣旨からすれば、登記官吏が登記簿原本を取り替えた事実のないことは当事者間に争いがないとすべきであつたにかかわらず、原判決は、反対に上告人において反対の立証を尽さなかつたかの如く認定し、重大なる採証法則の誤りを犯している。その経緯は、次のとおりである。

被上告人(控訴人)が第二審において原審において原審認定の如き事実を主張したのは、第四回準備書面(昭和二十八年六月三日附)中『更に奇怪なることは、右差押は原審に於て、控訴人提出の甲第四号証の一、二、三、四の一通(登記簿謄本)によれば、「昭和二十五年十二月二十一日受付第三千七百二十五号同年同月十五日附差押に依り大蔵省の為国税滞納処分に関する差押を登記す」と記載表示せられている。しかるに甲第四号証の四の他の一通(登記謄本)には「昭和弐拾四年拾月弐拾四日受付第壱五八〇号同月拾五日附差押に依り大蔵省の為め国税滞納処分に関する差押を登記す」と記載表示せられている。

右弐通りの登記謄本記載表示を対比すると、「同年同月拾五日附差押により」以下は全く同一であるが、前段の受付日、番号が異つている。壱通は「昭和二十五年拾弐月弐拾壱日受付第参七弐五号」他の壱通は「昭和弐拾四年拾月弐拾四日受付第壱五八〇号」となつている。

右の通り、受付日と番号とが相違している。而して控訴人は右改竄年月日附の差押通知を受けたこともなく、差押執行に立会つたことも、収税官吏が物件所在場所に赴いたことも勿論ない。

しからば、右記載表示は何人かにより故意になされたとしか考える外はない。

右記載表示の訂正が正当理由によりて為されたものか否やは控訴人に対しては重大事項であり且又登記の有する社会的重大使命に考え及ぶときは右弐通の登記謄本中何れが真実なる記載表示なるか、御庁に於て職権調査せられるよう申立をする。』と記載ある部分を昭和二十八年六月三日の口頭弁論期日に陳述したことによるものであり、その次の同年七月一日の口頭弁論期日に甲第七号証の一、二が提出せられ、被上告人より登記簿原本の検証並に登記官吏の証人尋問が申請されている。これに対し上告人(被控訴人)代理人は、原審認定の如き事実は到底あり得ないものとして、先づ被上告人側においても登記簿原本を一見することを要請し、裁判所においても右証拠申出の採否を直ちに決定することをしなかつた。その後被上告人側においても、登記簿原本を実見し、右の主張が誤解に基くものであつたことを了解し、上告人が昭和二八年一二月二日附提出の準備書面にて『尚控訴代理人は右物件に対する差押登記に関し疑念ある如く主張しているけれども、登記簿原本を一見すれば直ちに了解できる筈であり、前記差押の登記は「昭和二十四年十月二十四日受付第一五八〇号、昭和二十四年十月十五日差押に因り大蔵省の為国税滞納処分に依る差押を登記す」と登記簿に記載せられている。』と主張したのに対し、被上告人においても何等反ばくもなく、その後被上告人においては一八回迄も準備書面を提出し、その主張をくりかえし述べているのに拘らず右の点についてはその後何等言及もせず、少くとも弁論の全趣旨よりして争わなかつたものである。

しかるに審埋の最終段階において裁判所の構成に二名の変更があり、右被上告人の主張が単に調書上存するところより、意外な認定がなされたものと考えざるを得ないのである。

かように、原判決は登記官吏が登記簿原本を取り替えたことを認定し、この事実と弁論の全趣旨をもつて重要な証憑としこれによつて本件建物九棟に対する差押調書謄本の送達の有無に関する事実の認定をしているのであるから、前提の判断において法令の違背、経験則の違背があれば、この点において原判決は到底破棄を免れないものと考える。

(三) 原判決が本件建物九棟の差押(建物の附属物件たる機械器具を含む)はいまだ効力を生じていないと判断したことは、上告人の主張に対する判断を欠き、その理由に不備があり、ひいては国税徴収法第二三条の三の適用を誤つたものである。

大正一一年一一月四日の行政裁判所判決によれば、「滞納処分により不動産を差押えたる場合において、滞納者に差押調書の謄本が交付せられざりしときと雖、差押の通知書を交付して差押に関する一切の事実を知らしめたるときは、差押調書の謄本なきことのために、その後の処分をなすことを妨げらるべきものに非ず」との見解が示されており、また、本件第一審判決もその理由中において差押の効力は、差押調書の送達又は他の方法による通知によつて発生するとの見解を採つている。この意味において上告人も工場建物九筆並びにその備付機械器具については、昭和二十九年六月三日附準備書面において、「仮に差押調書謄本の送達がなかつたとするも、差押登記により差押の効力は発生しておる外、控訴人本人もその後三島税務署長より差押せられていることを通知せられているので差押手続に違法はない。」と主張したのであつたが、原判決は、右の主張を事実摘示に記載せず、これに関する判断を示していない。

もとより不動産の差押の際、収税官吏は差押調書を作成したときはその謄本を滞納者に交付すべきものとされているが(国税徴収法施行規則第一六条第三項)、この調書謄本の交付のみによつて差押の効力が生ずると解すべきではなく、差押処分という行政処分の効力発生にはその他の差押の通知によつても差支えないとすべきことは多言を要しないところであろう。そして本件においては被上告人は、工場建物の差押公売につき詳細を伊予三島税務署から通知されてこれを了知していたのであるから、この点に関する判断遺脱は、判決の結果に影響を及ぼすべき理由不備の違背があり、結局において国税徴収法第二三条の三の適用を誤つたものといわなければならない。

第六点原判決は、国税徴収法施行規則第十九条の解釈適用を誤つた違法がある。

原判決によれば、

「本件公売公告について公売物件が別紙物件目録の通り表示せられたことは当事者間に争がない。そこで成立に争ない乙第十六号証の記載によれば前記宅地四筆及建物九棟のほか機械器具ターフエルト製造加工機一切を一括公売に付する旨の記載あることは認められるけれども、右宅地及建物の一筆毎の表示及機械器具の明細についての表示を欠いでいることは明かである。而して、本件工場において、控訴人はターフエルトの製造工業を営んでいたものであり、且右工場敷地たる右宅地四筆及同地上工場建物たる右建物九棟と共に、その機械器具として、右の通り列記して表示している事実を考合すれば、右公売公告の趣旨は右工場の全敷地、全建物並同工場附属の機械器具一式を公売する趣旨であると解し得られないでもない。従つて、右表示が機械器具の内塗装機のみを表示して、其の余の大部分の機械器具類を脱落したものとは認められないけれども本件公売に係る機械器具は多種、多数の物件を含んでいることは被控訴人等の明かに争はないところであるから本件工場抵当物件の公売公告においては少くとも土地、建物の種類、構造、坪数を表示せねばならぬと同時に工場抵当法第三条により提出された物件目録程度の明細を表示する要あるものと云うを相当とする。してみれば右公告の表示は当時施行の国税徴収法施行規則第十九条に違反し瑕疵ある公告と謂うのほかはない。」と判示されているが、原判決別紙物件目録記載のとおりの表示は、新聞公告に記載せられたものであつて(甲第十五号証の二参照)、三島税務署の掲示板にした公売公告(乙第十六号証)には、宅地については四筆共各筆についての番地、坪数の表示があり(この点原判決には誤解がある。)、家屋については、右新聞公告と同様建物登記簿上一筆として登載されている九棟のうち主たるものとして筆頭に記載せられている木造平家建事務所一棟建坪二十坪を代表的なものとして掲げその他の八棟は附属建物であるところより明細を省略し、棟数と坪数合計のみを示したものである。備付機械器具については、その品種多様で、しかも工場抵当法第三条目録記載のものだけでも七二品目ありこの明細を表示することはすこぶる繁雑であるのみならず右目録記載のものでも現物の存在しないものもあるので、三条目録をそのまま表示することもかへつて妥当を欠くおそれがあつた。勿論、本件の如き工場抵当以外の一般動産の差押や公売の場合であれば、差押の際動産は現物につき確認され差押調書にも詳細に記載せられているから、公売公告に際して品目数量を表示することは困難ではなく、又そうすべきであるといへるかも知れないけれども、本件の如き工場抵当物件の差押公売については、工場建物に附加してこれと一体をなした物及び備付の機械器具その他工場の用に供する物すべては、特に別段の表示がない限り、工場建物と運命を共にすべきものであるから、工場建物と共に動産類も一括公売せられるという趣旨が表示されておれば、その程度の表示で公売公告の目的は十分に達成し得るものと考えられる。従つて原判決が、一方において本件の公売公告は右工場の全敷地、全建物並びに同工場附属の機械器具一式を公売する趣旨であると解し得られないものでもないとしながら、本件の公売公告の表示には公売処分を取消すべき程度の施行規則第一九条違反の瑕疵があるとしたのは前後矛盾するのみならず、同条の解釈適用を誤つたものというの外はない。

第七点原判決には国税徴収法施行規則第二二条の解釈適用を誤つた違法がある。

本件公売処分について、昭和二五年一二月一四日その公売公告がなされたことは、当事者間に争がないところであるが、原判決は、法定の十日の公告期間について、「元来公告に先行すべき差押手続がその効力を生じた期日から右公告の期間を算定すべきものと解するを相当とする。」とされ、続いて、「本件について之を観れば本件宅地、建物及機械器具の公売公告の内、建物及機械器具(但し右宅地の附属物件を除く)差押の効力は未だ生じていないこと前叙の通りであり、又右宅地(並其の附属物件を含む)差押の効力が生じたのは同年十二月二十日であつて、公売期日たる同月二十五日までの間には法定の十日の期間を存しないこと明かであるのみならず、-中略-結局右公告を前提とする本件公売は全部違法性を具有するに至るものと謂うのほかはない。」とされている。

しかしながら、元来公告は、或る事項を広く一般の人に知らせるためのものであるが、公売公告は、公売の内容を告知して広く競買人を募集するのが主目的であり、滞納者、公売財産上の権利者等に対する考慮は副次的なものであると解さなければならない。そして本件公売においては、公告の初日から公売期日迄の間には、十日の期間を存しているのであるから、右の主目的は充分果されているというべきである。

原判決の認定によれば、本件上地四筆について差押の効力が生じたのは、昭和二五年一二月二〇日であるから公売期日以前において、既に差押の効力を発生して滞納者に対する副次的考慮の点も満たされていたわけである。かように公売公告に関する規定の意図する主目的も副次的目的もすべて満たされている場合においては、たとい形式的な瑕疵があるとしても、その瑕疵は公売処分を取消すべき程度の違法性は帯有していないといわなければならない。これと異る判断をした原判決は、ひつきよう国税徴収法施行規則第二二条の解釈適用を誤つた違背があるものというべきである。

なお、本件においては、実際は差押の効力は公売期日の十日以前に生じていたことは前述のとおりであり、また被上告人は、公売期日を予め通知せられ十日以上の期間をおいて最後の納税の機会が与えられ、原判決の重視されている滞納者の保護の点についても実質的に被上告人に不利益を与えているものではないことを附言する。

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